第11話: 結界① ~天海は陰陽道の考えをベースにして江戸の都市計画を実施した~

魔法のほうきが壊れてしまい、公園で寝泊まりしていた魔術師が居候したいと言って僕についてきてしまった。
ついこの間に偶然会ったばかりの怪しいオジさんを一時的にも家に住まわせるとなると、妻はまず許してくれないだろう。
でも、どこにも戻る場所がないこの哀れな老人を冷たく見捨てるわけにもいかない。
僕は駅から徒歩15分で、築10年2DKの狭いアパートの一室に家族三人で住んでいた。
六畳のベッドルームに、台所と食卓のある狭いダイニング、そして居間として使っている六畳の和室。
とてもじゃないが、この魔術師を住まわせるスペースはない。
僕は彼に再確認した。

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本当にホームレスなの?

魔術師は困った顔をして、呟くように言った。

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ああ。本当に帰れなくなってしまったんじゃ。実は、ワシもお手上げなんじゃ。 まず、ほうきの壊れた部品を探さねばならん。この世界にその部品があるといいのじゃが。

僕は正直に話した。

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僕は家族を持っている身なので、まず妻と相談する必要があるんだけど。だいたい返ってくる言葉は予想がついちゃうよね。難しいだろうな。まーとりあえず聞いてみるけど。

魔術師は僕の目をみてこう言った。

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それには及ばん。君には迷惑をかけんようにする。奥さんにはバレないように居候するつもりじゃ。
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えっ?どういうこと?
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どういうもこういうも、バレないようにするから安心してくれてもいいと思う。ワシは魔術師じゃ。なんでもできるのを知っているじゃろ。

確かに、つい先程、公園で見たあの光景は圧巻だった。
しかし僕はこの魔術師をまだ信じてはいなかった。
疑いの目を向けてその根拠を説明してもらった。

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じゃあ具体的にどのようにバレないように居候する気なの?まずそれを教えてよ。
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結界じゃ。この世界の人間たちは、物質的で俗世のものに支配されることに慣れてしまっておる。金だけじゃなく、地位、名誉、権力もそう。ワシの張る結界は、そういった人間たちから支配を受けない空間を作り出すんじゃ。
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江戸と徳川幕府にまつわる結界の話を知っとるか?これは有名な話じゃ。晩年の徳川家康の側近として知られている南光坊天海という坊主が存在したと言われている。この坊主は謎の多い人物で、108歳まで生き続けたとか、本能寺で織田信長を討ったとされる明智光秀が出家した姿だったのではという説もある。この天海は陰陽道の考えをベースにして江戸の都市計画を実施したと言われている。ちなみに陰陽道とはこんなものじゃ。

おんようどう —やうだう【▽陰陽道】
古代中国の陰陽いんよう五行説に基づいて災異・吉凶を説明しようとする方術。天文・暦数・卜筮ぼくぜいなどを扱った。日本には六世紀頃伝えられ重要視されたが特に平安時代以降は神秘的な面が強調されて俗信化し避禍招福の方術となった。平安中期以降 賀茂・安倍の両氏がつかさどった。おんみょうどう。いんようどう。
大辞林 第三版

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まー占い師じゃな。都市計画の中に結界も含まれていたということだ。江戸城は風水や鬼門を考慮した位置に築かれたんじゃ。北に日光東照宮。鬼門の東北に神田明神。南に徳川家の菩提寺である増上寺。裏鬼門に日枝神社。このようにして不吉とされている鬼門の方角に寺や神社を建てて江戸を守護させたと言われている。これが噂されている結界じゃ。その後、徳川の世が260年間続いたということは、効果があったと証明できたんではないか。

僕はこう返した。

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へー。結界は「支配を受けない空間」って言っていたけど、実際どういったものなの?

魔術師はこう答えた。

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その結界に入っている限り、外の者には何も見えなくなるということじゃ。
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でもうちの嫁さんは、霊感が強い方だと思うよ。もしかしたら、見破られてしまうんじゃないかな。
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大丈夫じゃ。「霊感が強い人」用の結界も張ることができる。

僕はこの魔術師のしつこさに呆れてしまった。

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結界を張るには、5分もあれば十分じゃ。でもその前に塩を少々拝借したい。あと味の素 も混ぜないと。
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味の素?塩はあると思うけど、うちの嫁さんは化学調味料が嫌いだから味の素は、多分ないよ。近くにコンビニあるから買ってきてよ。僕はその間に、今から家に入って妻が何をしているのかまず確認してくるから。合図を送るまでそこで待ってて。

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わかった。

と言って魔術師は小走りで近所のコンビニエンスストアへ向かった。

僕はコンビニへ向かう魔術師の背中を見て、自分が何かとんでもないことに足を踏み入れてしまっているのではないかと不安になった。

彼が曲がり角を曲がったのを見届けてから、家の中に入った。

TO BE CONTINUED=>