第12話: 結界② ~あなたは何を専門とする魔法使いなの?~
僕は扉を開けて、家の中に入った。
部屋は明るかったが、返事が返ってこない。
食卓には夕食が準備されていたが誰もいない。
寝室を覗くと、妻が娘を寝かしつけていた。
僕は何も言わず、静かに寝室の戸を閉めた。
気遣いする余裕などなかった。
妻には逆に僕の優しさと受け止められたかもしれない。
電話機のある棚に置いてあったファイナンシャルプランナーの通信講座の教材には目もくれず、キッチンの棚から、まだ封が切られていない塩の袋を手に取った。
それを持ったまま、次は玄関に向かった。
のぞき穴からみると、息を切らした魔術師が忠実な犬のように待っているではないか。
手には味の素を握りしめていた。
僕は静かに扉を開けて、彼を家の中に入れた。
大のおとなが人差し指を口にあて、2人揃って抜き足差し足忍び足。
無事に寝室前を通過し、ダイニングにたどり着いた。
ダイニングからつながっている居間の押入れを指差して、僕は小さな声で言った。
たまたま整理中で押入れの中は空だったのだ。
魔術師は小さく頷き、僕の持っていた塩の袋をあけた。
水戸泉さながらに、手のひらいっぱいに塩をのせると、押入れ下段の四隅にそれぞれ塩の山をつくった。
そして今先ほど買ってきた味の素をその上にまぶすと、両手を押入れの方にかざした。
すると魔術師は小さな声でモゴモゴと呪文を唱え出した。
僕はハラハラしていた。
すぐ隣の通路を挟んだ部屋にいる妻には絶対に知られてはいけないからだ。
この呪文がしつこいくらい続くのだ。
僕にとってそれは永遠に感じられた。
まだ魔術師の呪文が続いている。
もう5分は経過したのではないのかというタイミングで魔術師は大きく目を見開いた。
と思いきや、今度は押入れ下段に入って座禅を組み始めた。
そして、また呪文を唱え始めた。
その時、僕はドアの開く音が聞こえた。
絶体絶命だった。
妻が娘を寝かしつけて、居間に戻ってきたのだ。
「おかえり。あなたそんなところで何やっているの。ご飯食べたの?」
目の前では魔術師が押入れの中で呪文を唱えている。
そして、妻が僕にジワリジワリと近づいてくる。
まさに危機一髪。
妻は僕の前に立って、顔を覗いてこう言った。
「なんで何も答えてくれないの?そんな塩の袋なんて持って何してるの?」
彼女の質問に対してとっさに出てきた答えだった。
どうやら彼女の視界には、押入で呪文を唱えている魔術師は入っていなかったようだ。
妻は察しのよい人だ。
すぐ嘘だと分かったようで、怪しげな顔でこちらを見ている。
僕はもう限界だった。
観念することにした。
妻に魔術師の存在を知らせようと、恐る恐る押入れを指差した。
妻は僕が指差す方向に目をやった。
しかし、奇跡の無反応。
なにも見えていないし、聞こえないようだ。
全く驚いていないのだ。
「どうしたの?押入れに何かあるの?」
僕には信じられなかった。
魔術師が言ってた通りだった。
何も見えていないし、聞こえていない。
僕がもう一度押入れの魔術師に目をやると、ニターっと笑って親指を立てていた。
「やったぜ!」といわんばかりのポーズ決めていたのだ。
どうやら結界を張ることに成功したようだ。
僕は胸をなで下ろした。
それでもソワソワする気持ちを押さえられないのは、仕方のないことだった。
赤の他人が家に住み着いているんだから。
妻は明らかに僕の言動を怪しんでいる。
その後、夕飯を準備してくれた妻は体調が思わしくないという事で先に寝床に着いた。
妻が寝室に入っていくのを見届けてから、僕は居間の押入で何が起こっているのかを確認しに行った。
先ほどまで座禅を組んで押入の中にいた魔術師が消えていたのだ。
僕は結界が張られている、押入の下段に足を踏み入れた。
足を踏み外してしまった。
しかし、どこかに落ちた感じもしなかった。
落ちた場所は、壁がどこにあるのかも分からないほど真っ暗だった。
よく見ると無数の星が暗闇の中に輝いているようにも見えた。
そう、それは宇宙にいるようだった。
次の瞬間、ふっと目の前にろうそくの火が灯された。
そこには魔術師ロバが立っていた。
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僕は彼の行っていることが理解出来なかった。
そのかわりにあのCMを思い出していた。
困った顔をして、魔術師は答えた。
こうして魔術師の居候生活はスタートした。
TO BE CONTINUED=>